『Nocotta』

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【十三.前半戦】

筑前竜が、いよいよ本場所の土俵に上がった。 塩を撒きながら、気持ちを奮い立たせる。

「東方、筑前竜、東前頭十七枚目、九州福岡県出身、ぱっしょん部屋」

西前頭十一枚目の相手共々、四股を踏み、塩を撒き、蹲踞の姿勢を取る。

「見合って。」

二度仕切り直し、時間いっぱい。

「待ったなし。」

両者片手をつき、呼吸を合わせる。
そして、同時に両手をつき、共に前へ出る。

相手は突き押しを繰り出し、まわしを取らせようとはしない。しかし筑前竜は、突き押しをいなしながら、タイミングよく飛び込んで得意の右前まわしを取る。

筑前竜はタイミングをうかがうが、相手は、投げで崩そうとしながら前に出てくる。筑前竜は、相手に上手を取らせず、こらえるが、土俵際に追い詰められる。相手が寄り切りを狙う。

が、その腰が高くなった一瞬を逃さず、筑前竜は両差しを取り、絶妙なバランス感覚で体を反らせながら、左後方に投げる。

行司の軍配が筑前竜の勝ちを示す。

「ただいまの決まり手は、うっちゃり、うっちゃって、筑前竜の勝ち。」

場内アナウンスが、筑前竜の勝利を告げる。

「筑前竜~」

荒い呼吸のまま行司の勝ち名乗りを受け、花道を引き上げる。

三年ぶりの白星。でも、達成感といったものは、今はない。まだ十五日間の初日、先は長い。
気持ちを切らさないためにも、勝利の余韻に浸る余裕はなかった。

そんな筑前竜の気持ちが分かるから、鈴木親方も、戻ってきた筑前竜に多くの言葉はかけない。
ただ一言、「よし」と、静かに言っただけだった。

その日の夜、塩撒寺。

鈴木以下、部屋のメンバー全員で夕食を取った。筑前竜が初日を挙げたということで、雰囲気は和やかだ。

そんな中、京女知美が鈴木に聞く。

「ところで師匠、そのヅラいつまでかぶってんの?」

そう、鈴木は相変わらずマゲヅラをかぶったままだった。

「あ、これ?いや、かぶってみたら意外といいかも、とか思って。その内このスタイル、パリあたりで流行るかもしんないよ。」

ないない、と一同無言でツッコむ。

まあ、さすがにこのマゲヅラ、一晩寝たらバカらしくなったので、次の日からはかぶるのをやめてしまった。

この後筑前竜は、七日目まで、下位相手ばかりではあったものの、無傷の七連勝を挙げる。 決して、圧倒的な強さだったわけではない。むしろ苦戦する方が多かった。しかし、不利な体勢からでも、タイミングと身のこなし、そして膝の柔軟性で、最後には逆転勝ちを手にしていた。

しかし、一番取るごとに膝にダメージが蓄積していくのが、筑前竜自身にも分かった。特に逆転勝ちは、無理が必要な分、体に負担がかかる。

それでも、その痛みを決して顔にも口にも出しはしない。今、隙を見せるわけにはいかない。十五日間、戦い抜くまでは。

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