『Nocotta』

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【十一.総会】

鈴木は、相撲協会より正式に一代年寄りを取得、「鈴木親方」となり、ぱっしょん部屋での相撲らしい稽古も始まった。

女力士達は皆素人なので、筑前竜が基本から教えていく。
四股踏み、股割り、すり足、土俵作法…。

鈴木親方は…特に何もしない。素人が指導者でどーたら、と理事長に啖呵を切った鈴木ではあったが、別に指導がしたいわけではなかった。そもそも鈴木は、相撲のことなんてほとんど知らない。

じゃあ、何がしたかったのかって…相撲部屋を作りたかっただけ。力士経験がなくても指導者に向いてるかも云々の言葉、あれは、はっきり言って方便だ。

稽古には、毎日全員揃うわけではない。それぞれ仕事があったり学校があったりで、来れる時だけ来る。この辺の事情は、女子相撲なら大体どこも同様だ。まだプロ化されて日も浅く、純然たるプロ力士はほとんどいない。

ただ、このぱっしょん部屋には、他の部屋にはない大きなアドバンテージがある。それは、筑前竜の胸を借りられることだ。
男女の力士が一つの土俵を使うなど、従来では考えられないことなので、他の部屋ではどこもやっていない。
筑前竜に稽古をつけてもらうことで、女子力士達はめきめき力をつけていった。

ただその分、筑前竜にとっては、女子相手の物足りない稽古になる。その足りない分は、他の部屋に時々出稽古に行くことで補う。
一度引退したはずの筑前竜を、他の部屋の力士や親方衆は快く思っていなかったが、その辺は、理事長の娘光を通して理事長に話をつけてもらった。せっかくのコネ、最大限に利用しないとね。

そして年末、相撲協会の総会が、東京メガロビルディング内のホールで開かれた。当然、鈴木親方も呼ばれる。

みんなスーツ等をきっちり着ているのだが、鈴木一人だけ、ジーンズにジャンパーというラフな格好をしていた。
アフロも手伝って、明らかに浮いているのだが、鈴木親方、そういうのは気にしないタチだ。

総会では、関係者の退屈な挨拶、収支報告や一年の総括、今後についての意見交換などが行われた。あまりの退屈さに、鈴木は座席で熟睡してしまう。
多少のいびきと、時々よだれをすする音で、周りからは白い目で見られる。

総会の後には、立食パーティ形式の懇親会が開かれた。
懇親会ではあるが、誰一人、鈴木親方に話しかけようとはしない。皆、どう見ても場違いな男とは、目を合わそうともしなかった。相撲協会内では完全に嫌われていると考えてよさそうだ。

しかし、そんなことを一々気にするような鈴木ではない。せっかくのタダ酒タダ飯、飲んで食わねば損とばかりに、あちこちのテーブルを回って、いろんな料理や酒に手をつけていく。

そんな感じで飲み食いに夢中になっている鈴木に、理事長が話しかけてきた。

「やあ、鈴木親方、部屋はどんな感じかね。」

「はあ、ほひほひやっへはふ(まあ、ぼちぼちやってます)。」

アツアツのシューマイを口の中に入れたまま、鈴木親方が答える。理事長は内心ムカッと来たものの、表面的にはにこやかさを崩さない。

「しかしなあ、親方、こういう場所には、もう少しちゃんとした格好で来た方がいいぞ。」

「そうみたいですね。でも、送られてきた総会の案内には、服装については書かれてなかったので。」

それぐらいは常識だから一々書かないんだよ、とツッコみたい理事長だったが、まじめにツッコむのもばからしいので、その言葉は飲み込んでおいた。

「ところで親方、マゲを結ったことはあるかね?」

「いえ、ありません。」

その答えに、理事長がわざとらしくしかめっつらをしてみせる。

「それはいかんなぁ…。ここにいる親方衆は、今はいろんな髪型をしているが、-まあさすがに、アフロはいないが-、現役時代は皆、マゲを結ってたんだよ。」

「へ~、そうなんだ。あの七三分けの人にも、そんな頃があったのかぁ~。ふ~ん。」

近くにいた人を指差し感嘆する鈴木親方に、「今さらこんな話にマジに感心するな、親方と呼ばれる身なんだから!」…とキレそうな理事長だったが、そこはグッとこらえ、にこやかに話を続ける。

「でね、やっぱ相撲協会の一員としては、最低一度はマゲを結っとく必要があると思うんだ。」

「そうですか?別にどうでもいい気がしますが…」

内心煮え繰り返りながら、あくまでにこやかな理事長。

「そこで鈴木親方、初場所には、マゲを結ってきなさい。」

「え、マゲですか?でも、アフロをいきなりマゲにするのって、無理っぽくないですか?」

「別にカツラでもいいから。」

今度は思いっきり「ニヤリ」としたいのをこらえての、相変わらずのにこやか理事長。

アフロのままでは、まともなマゲは結えないだろう。それでカツラをかぶることになれば、髪を短くする必要がある。となれば、アフロは維持できない、と、理事長は考えていた。

要するに、今回のことで大変な思いをさせられた理事長の、逆恨みによる「嫌がらせ」である。
この理事長、かなりネチっこい性格らしい。

困惑した表情の鈴木に、やや勝ち誇った顔の理事長が続ける。

「あ、カツラ代の請求書は相撲協会に回してくれていいよ。いくらかかってもいいから、是非とも立派なカツラを作ってくれたまえ。」

総会の帰り、鈴木は行きつけのアフロ専門店へと立ち寄った。

手入れをしてもらいながら、店のオヤジに話しかける。

「オヤッサン、カツラ屋の知り合いっている?」

「カツラ屋?まあ、仕事柄何人かいるけど、なんで?」

「実は今度、マゲを結わなきゃいけなくなってねぇ…」

「え、マゲ?」

「カツラでもいいって言うんで、カツラ作ってもらおうと思うんだ。」

「カツラ?じゃあ、アフロやめちゃうの?」

「アフロはやめたくないんだよねぇ…」

その答えに、店のオヤジは釈然としないながらも、カツラ職人を紹介した。

翌日、鈴木は紹介されたカツラ職人を訪ねた。

「実は、こういうマゲな感じのカツラを作って欲しいんですよ。」

カツラ職場の畳の上で、図と身振り手振りで説明する。

「うーん…それだと、完全な特注になるし、長い毛がたくさんいるし、相当高くつきますよ?」

カツラ職人が心配そうに、金持ってなさそうな鈴木を見る。

「あ、大丈夫大丈夫。相撲協会がいくらでも払ってくれるから。請求書は相撲協会にお願いします。」

「そうですか。そういうことなら、なんとかやってみます。」

「初場所に間に合うよう頼みます。」

「任せといて下さい。正月返上で取り組みましょう。もちろん、その分の割増料金はしっかり取らせていただきますがね。」

カツラ職人は自信満々に答え、早速メジャーを取り出して鈴木の頭の採寸を始めた。

これで、あとは初場所を迎えるだけだ。

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