『Nocotta』

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【十.塩撒寺】

相撲部屋を作れるという確約は得た。しかし、稽古場をどう確保するか、が悩みの種として残っている。

ダンス教室に土俵を作るのは無理だし、出稽古ばかりというわけにもいかない。

「どうするかなぁ…。」

とぼやきつつ、翌朝鈴木は、自宅で朝のニュース番組を(キュートなお天気キャスター目当てで)見ていた。

そのニュース番組では、シオマキデラという寺が取り上げられていた。

塩撒寺は、都内近郊の小山の斜面にある山寺だ。
秋の台風で境内がかなり荒れてしまったが、住職一人では一向に片付かず困っているらしい。
都市の空洞化によりなかなか支援してくれる人も得られないので、本日、是非ボランティアとして片付け会に参加してほしい、と、番組を利用して呼びかけていた。

「この寒いのに片づけかぁ…。ご苦労なことで。」

と、ニュースを見、朝食の味噌汁をすすりながら呟いていると、世話好き真知からのメールが来た。

「午前九時半に塩撒寺集合。」

「…うっそん。参加しちゃうの?」

元々、こういう面倒なことに参加するような鈴木ではない。大体、鈴木の座右の銘は、「面倒なことは人任せ」だ。
しかし同時に、誘われると断れない性格でもある。仕方がないので、世話好き真知に「参加」の返事を送っておいた。

午前九時半。塩撒寺には、ダンス教室「パッション」の面々と、その他二十人ぐらいのボランティアが集まっていた。

「筑前竜さんも来るって言ってたんですけど、来てませんねぇ。」

と、世話好き真知が辺りを見回すが、筑前竜はいない。もしいれば、他の誰よりも目立つだろう。

まだ片付けは始まらないようなので、しばらく話をする。

理事長の娘光によれば、昨日の理事長は夜遅くまで、根回しのために、あちこちに連絡し頭を下げていたそうだ。今朝も早くからどこかへ出かけたらしい。

ま、大変なのは当然だろう。なんせ、前例のないことをいろいろと通さなきゃいけないんだから。

素人に一代年寄りを与え、一度引退した力士を、元とは違う部屋で、いきなり幕内から復帰させ、そして女子相撲団体戦で一チーム、いきなり決勝トーナメントに出場させる。 客観的に見れば、相当に無茶な話だ。

理事長がちょっとかわいそうにもなってくるが、そんなことは言ってられない。もう、ただ前に進むしかない。

そんな話をしていたところへ、母屋から住職が出てきた。

「いやいや、こんなに大勢の方が集まってくださるとは、まったく、感謝の一言です。」

簡単に挨拶を済ませ、早速仕事が割り振られる。
主に、散乱した木の枝やゴミの片付けと、崩れた歩道や階段の修復だ。
木工や土木作業がある程度得意な人は道の修復に回り、それ以外の人は片付けや材料・土砂の運搬を行う。

鈴木一行の内、鈴木と結果オーライ来代、農作業恋は修復に回り、他のメンバーは片付けの方に回った。

皆精力的に作業をこなし、十二時半を過ぎた辺りで、昼休憩となった。
そして振る舞われたのは、住職曰く「チャンコ鍋」であった。

チャンコと言っても、特に決まった料理法があるわけではないので、「これがチャンコだ」と言い切ってしまえば、チャンコである。

その「住職のチャンコ」は、牛肉と白菜、その他こまごまとした具の入った、シンプルな味付けの鍋であった。水炊きのようにポン酢でいただく。

「遅くなりました~」

今頃になって筑前竜が、まるで昼食にタイミングを合わせるかのようにやってきた。

「いや~、自分、方向音痴なもんで、塩撒寺を目指したつもりが、なぜか東京湾に出てました。山に向かってるのにな~んで潮の香りがするんだろう、とは思ったんですけどね。」

まったく困った奴だなあ…と鈴木が言うより早く、住職の大きな声が飛んだ。

「おお、筑前竜じゃないかね!いや~、私は大の相撲好きでね、特にあんたの相撲が大好きだったんだよぉ~。三年前引退した時は、人知れず本堂で泣いちゃったよ…。いや~、まさか間近で生で見れるとは思わんかった~。…で、なんでまたこのアフロのお兄さんと知り合い?」

随分とハイテンションの住職に圧倒されながら、鈴木は説明する。

「話せば長くなる経緯がいろいろとあるわけですが、簡単に言っちゃうと、今度相撲部屋を開くんですよ。で、この筑前竜も初場所、幕内で復帰を果たす予定です。」

これを聞いた住職はますます興奮する。

「なんと!何でそうなるのかはさっぱり分からんが、いや、とにかくめでたいめでたい。となると、こちらのお嬢さん方は女子相撲の力士というわけか。いや~、さすがによい体格をしとる。日々の稽古の賜物だな。いやいや、まったく…」

あまりの住職の盛り上がりぶりに、それが、相撲ではなくダンスで鍛えた体格だとは、とても言い出せなかった。

「おお、そうだ。今度、稽古場を見学させてくれんかね?一度見てみたかったんだ。部屋はどこにあるんだい?」

本物の力士に会えて、うれしくてたまらない住職が、満面の笑みのまま尋ねる。

「それが問題でして…。一体どこに作ればいいのか…費用もかかるし…。」

鈴木が困った表情で答える。

「ふむ…。ちょっと来なさい。」

住職が手招きする。

「何です?」

「いいからいいから。」

鈴木一行は住職についていく。住職が母屋の引き戸を空ける。

ガラガラ…。

「あ、土俵だ。」

思わず鈴木が声を上げる。そこには、土間を改造した、稽古に使える立派な土俵があった。鉄砲柱もある。かまどもある。

住職が得意そうに言う。

「実は、相撲好きが高じて土俵を作っちゃったんだよ。時々、近所の子供集めたりして使ってるんだけどね。どうだい、ここを稽古場にしないかい?」

願ったり叶ったりの申し出だ。こうして、稽古場は確保された。

片付け作業も終わった宵の口、住職が長さ一メートルほどの板で看板を作ってくれた。

見事な筆さばきで部屋の名を書き上げ、入り口に掲げる。

「どうだい?」

得意顔の住職に鈴木も満面の笑みで答える。

「いや~、いいですね~。『ぱっしょん部屋』、ここに旗揚げ。」

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