『Nocotta』

←【二.受付】
→【四.臥竜】

【三.理事長】

「鈴木圭一郎様をお連れしました。」

受付嬢の後姿を見て、「そのベルト、きつく締め過ぎなんじゃない?」とツッコミたいのを我慢しながら、元来小心者の鈴木は、ドキドキバクバクソワソワでついていった。

「お通しして。」

低く渋みのある声が聞こえてきた。その声から、理事長が、鈴木の一番苦手な「頑固なおじさん」タイプであると直感した。

やれやれ、厄介な戦いになりそうだ…。

そして、鈴木は理事長室に通され、受付嬢は本来のポジションに戻っていった。
部屋には理事長と鈴木の二人だけだ。

理事長は、ダークカラーの淡いストライプのスーツに白のYシャツ、深紅のネクタイ。 まあ、オーソドックスな、重役っぽい格好かな?…あ、俺、そういうのに縁がないからよく分かんないや。

「ダンサーの鈴木圭一郎さん、ですね。」

「はい。」

「オダナカ・ヒカリ、ご存知ですか?」

小田中光。鈴木の教室に来てる生徒の一人だ。

「ああ、あの小生意気で頑固でタカビーな自信過剰娘ね。」

「…私の娘だ。」

「いや、明るくて美しくて気立ての優しい素晴らしいお嬢さんです。」

いかん、迂闊に本音を喋ってしまった。いきなりのピンチか?…しかし、世間は狭い。まさか、俺ンとこに相撲協会理事長の娘が来ていたとは…。

「…ま、とにかく、ウチの娘が先生を随分と気に入ってましてね。まずは、いつも御指導いただき、ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらこそお世話になっております。」

先生なんて呼ばれるとやたらとこそばゆく感じるが、何とかギリギリ友好ムードは保てているようだ。

よし、この流れを使って、こっちから仕掛けてみるか。

「では、相撲部屋を作らせてもらえるのでしょうか?」

「無理です。」

うぐ…あっさりダメ出しされた。さらに向こうの攻撃は続く。

「相撲は、何百年という伝統の上に成り立っているのです。それを守るために、親方は、まずは最低限力士経験者でなくてはならないし、限られた年寄株の襲名によって、むやみに伝統が拡散しないようになっているのです。」

取りつく島もない感じだが、こうなりゃ詭弁でも何でも使って、とにかく可能性を探るしかない。
やれるだけやって、ダメなら仕方ないじゃないか。
とにかく言えるだけのことを言ってみよう。

「でも、力士に向いてなくても指導者に向いてる人もいるかもしれないじゃないですか。それに、限られた権利を身内で回して分け合っているだけでは、その内誰からも見向きもされなくなって、何百年かの伝統さえも途絶えてしまいますよ。」

「そうならないように、我々も努力しているのです。」

「努力?町を相撲漬けにすることが?そんな力任せのプロモーションに、若い人達はとっくに愛想を尽かしています。既得権益を守るために奔走する大人の姿なんて、前世紀、前々世紀の遺物を見るようで、もうとっくに賞味期限切れのゴミ箱行きです。」

ふう、こんなに一気に喋ったのは幼稚園のお遊戯会以来だ。しかも、その時の映像を見返してみたら、主役のくせにカミまくりで何言ってるのかさっぱり分からなかった。 俺みたいな奴でも、それなりに成長してるんだな、きっと。

「では、どうしろと?」

ここからが勝負どころ、自分の売り込みどころだ。
さあ!勢いで行っちゃえ、俺!

「ここは、まったく異分野からの参入を促して、新たな血を注ぎましょう!…ダンサーとか…」

最後の「ダンサーとか」は聞き取れるか聞き取れないかぐらいの小さい声になってしまった。自己PRが弱いのは相変わらずだ。

「そんなことをしたら、土俵の質が下がるだけだ。」

あっさり否定されたからって、ひるむな自分!

「そんなの、誰も検証してないじゃないですか!常識という壁の手前にある果実は、もうとっくにみんな取り尽くされてしまっていて、一つたりとも残ってやしません。常識という壁の裏側にこそ、誰にも気付かれず本当においしく熟した果実が実っているのです!」

おお、想像力を喚起する、我ながらうまい例えだ。

「なら、君がそれを証明してみたまえ!」

よし!乗ってくれた! 理事長は一瞬「しまった」という顔をしたが、負けず嫌いの意固地な性格なのだろう。前言撤回はしない。
そして、わずかな沈黙の後、ニヤリ、と不気味な笑みを浮かべた。

「タカツヅキ、来てくれ。」

理事長が隣の部屋から誰かを呼んだ。タカツヅキ…タカヅツキ…ああ、思い出した。半年ぐらい前に引退した横綱高都筑だ。

「何でしょう、理事長。」

隣の部屋から、うぐいす色の和装の大きな男がやってきた。

「うわ、やっぱ間近で見るとでけぇ…」

鈴木も、並の人に比べればかなりボリュームあるのだか、やっぱり本物は迫力が違う。

理事長が高都筑に歩み寄る。いや、こうして見ると理事長もやっぱでかいな。さすがに体重の方は、現役時より相当落としてはいるが。

「これが、半年前に引退した高都筑だ。まあ、さすがに無条件で君の要求を認めるわけにはいかない。そこで、君が高都筑に勝てたら、認めることにしよう」

「いや…」

絶対無理、と言おうと思ったところで、理事長が言葉を続ける。

「というのは、いくらなんでも無茶だ。それに、君が証明したいのは、『力士出身でなくても指導者になれる』ということだったしな。」

いや、全く、いきなりこんなんと一番取らされたらかなわんよ。ああ、びっくりした。

さらに理事長の話は続く。

「そこで、高都筑に勝てる力士を連れてこれたら、理事長権限で、君に一代年寄を与えよう。期限は一週間、一発勝負だ。」

それもきつい。ってか、そんなに簡単に力士が育つか!

因みに、この「一代年寄」ってのは、相当活躍した力士に限り、襲名なしで与えられる年寄株らしい。 一代限りで、人にあげたりはできない。

一応、こちらの言い訳も言っとこうか。

「いや、メインでやろうと思ってるのは女子相撲なので…」

女子相撲、以前はアマチュアのみであったが、近年はかなりの盛り上がりを見せていた。そして最近ついに、男子相撲の付属という形ではあるものの、プロ化されての興行が始まった。
人気はなかなかのもので、新しいものに興味を持ちやすい若年層に限れば、女子相撲の方が関心が高いぐらいだ。

その女子相撲に、ボリュームがあって、しかもダンスで日々鍛えているダンス教室の生徒達で挑もう、というのが、鈴木の戦略だった。

「たとえ女子相撲中心でやるにしても、基本的に土俵は、まわし一つの男の世界だ。男を育てられない奴に相撲部屋は作らせん。」

「そこを女子オンリーで…」

「ダメだ。」

ここはどうしても譲れないらしい。
しかし、理事長はただ厳しい条件を突きつけるのではなく、随分といい交換条件を出してもくれた。

「もし一週間後、高都筑を倒す力士を連れて来れたなら、その力士は初場所、いきなり幕内に入れさせよう。ついでに、二月の女子団体戦も、予選免除で決勝トーナメントからの出場を認めよう。全て理事長権限だ。」

おお!いきなりすごい交換条件だ。しかしこれは、高都筑が絶対に負けないという自信の裏返しでもある。

「ただし、連れてくる力士は、今現在、現役であってはいけないし、年寄株を持っていてもいけない。条件は以上だ。」

まあ、自信があるのも当然か。引退したとは言え、ほんの半年前まで横綱だ。現役の、それもある程度上位の力士でなければ、とても歯が立たないだろう。

これ以上の譲歩は引き出せそうにはないので、今日のところは相撲協会を後にすることにした。そして鈴木は、せいぜい強がったセリフを残しておいた。

「じゃ、今日はこれで失礼します。一週間後をお楽しみに。」

「スケジュールを高都筑と空けとくから、逃げ出すなよ。」

う…何か痛い釘を刺されてしまった。

←【二.受付】
→【四.臥竜】