『Nocotta』

→【二.受付】

【一.思いつき】

別に何か、不満があるとかではないんだよな…。

「はい、じゃあ今日はここまで。」
鈴木の声が響く。
「おつかれさまでした~」
女性達の声が返る。

二○XX年、東京。
ここは、雑居ビルの一フロアにある、鈴木圭一郎の開く小さなダンス教室「パッション」。

教室は週二回、火曜日と金曜日、主にダイエット目当ての女性達がやって来る。来ると言っても、レギュラーメンバーは六人、あとは時々ゲストが来る程度。それでも、ステージに呼ばれたりやら何やらで、現在の空洞化した東京でなら、何とか食べていける。

並の人よりは一回り以上大きな顔と体で、トレードマークのアフロヘアを出口でこすりながら、鈴木は教室を後にした。

十五の時、たまたまテレビで見たアイドルグループ「どすこい娘。」のバックダンサーにひらめいて、「これが天職だ!」とダンス一筋にやってきた。

あれから十八年…。

それなりに評価もされてるし、時には振り付けやテレビ出演の仕事も来る。高望みしなければ、これと言って文句のない人生。

でも、何だろう?

「何か、乾いてる気がするのは…」

「え、乾いてる?餃子、ジューシーに仕上げたはずなのに…」

ふと気が付くと、ラーメン屋でラーメンと餃子を食べながら、独り言を呟いていた。

「あ、いえ、独り言です。気にしないで下さい。」

店内のテレビでは、大相撲十一月場所の中継を流している。

「待ったなし。」

Ma・Ma・Matta・Nashi!

「のこった!」

Nocotta!

鈴木は食べ終わると、行きつけのアフロ専門店へと向かった。面倒な髪型なので、頭の簡単な手入れをしてもらう。

そこでもやはり、大相撲の中継を流している。

「西前頭四枚目」

Ma・E・Gashi・La!

「のこった!のこった!」

Nocotta! Nocotta!

「決まり手は上手出し投げ」

Uwa・Uwa・Uwatte・Dashi・Nage!
Dashi・Dashi・DashiNAGE!

頭の手入れを終え、帰路につく。

街頭の小さな公園スペースに設置された大型スクリーンで、やはり大相撲中継が流されている。若者が数人、休憩がてら、別に盛り上がるでもなく、それを眺めている。

この時代、相撲人気は下降し続けていて、その対策として相撲協会は、何だかんだ言っても豊富な資金力を生かし、町を相撲漬けにする作戦に出ていた。

「そんな強引なやり方じゃ、ありがたみが薄れてさらに人気が下がっちゃうだけなのに…」

いつもなら、そう言ってさっさと立ち去るところ。
しかし、その日の鈴木は、なぜか立ち去れないでいた。

「東方 横綱 蒲戸岩かまといわ

Yo! Yo! Yokozuuna!

「待ったなし」

Matta? Matta!
Ma・Ma・Mattanassshi!

「のこった!」

Nocotta!

「のこった!のこった!」

Nocotta, Nocotta…

「のこった!のこった!」

Nocotta… Nocotta…

「のこった!のこった!」

Nocotta… Nocotta!?

「のこった!のこった!」

Nocotta! Nocotta!

Yes! Yes! Nocotta! Nocotta!

「ただいまの決まり手は、寄り切り、寄り切って蒲戸岩の勝ち。」

Yo! Yo! Yoriyori, Yorikitta!

横綱が寄り切った瞬間、鈴木は確信した。これが、自分の求めているものなのだと。 この乾きを埋めてくれるもの、それは、この相撲しかないのだと。

自分の本当の心に気付く…それは、この上ない喜びとなる。
喜びのあまりに鈴木は、家までの道のりを、情熱的なダンスでスパークしながら帰った。もちろん、通行人に避けられながら。

本当に自分がやりたかったのは、ダンス教室ではなく、相撲教室、いや、相撲部屋だったんだ!
本当に憧れたのは、バックダンサーではなく、「どすこい娘。」のキメポーズ、「どすこい!」だったんだ!

この発見に興奮して、いつもは布団に入って三分以内に熟睡できる鈴木も、その夜ばかりは、なかなか寝付けなかった。

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